職場の和は徹底的に乱すべき!理不尽の押しつけから逃げろ!

職場の和とかぶっちゃけ知ったこっちゃないです
 
 
 
どうも!数々のブラック企業を転々としてきたAtusiです!
 
 
ブラック企業で仕事をしていた時に、職場環境がおかしかったので新人にも関わらずに正論を言って変えようとしたことがあったのですが、その時に
 
 
「みんなが我慢しているのにお前だけ職場の和を乱そうとするのは何事か!」
 
 
なんて怒られ方をしたことがあります

残業代が出ないのを残業代出せとか言ったり、出ないなら仕事せずに帰るとかそういう事を口に出しただけなんですよね
 
他にも上司からの仕事の割り振りがあからさまに上司の親族がいて、その人だけ仕事量が軽すぎたので一緒に組むと倍の仕事をやるようになったりする状況に異を唱えたり・・・

様々な職場を転々としたのですが、ブラック企業ほどこの職場の和という言葉を使いたがる傾向にあるんじゃないかなと感じてますね
 
この職場の和という言葉が出る会社って「みんなが理不尽を受け入れてみんなで苦しみましょう」って言ってるだけの会社がものすごく多いです
 
世間では協調性とか同調圧力なんて言い方もありますが、職場の和という言葉も一見は美徳な言葉に見せかけて、実際はツバを吐きかけて肥溜めにでも突っ込んでおいたほうがいいくらいのゴミです
 
 
私自身が過去の経験から職場の和なんてのは知ったこっちゃないし、そんな事を言われても無視していいし、何なら徹底的に乱してやればいいという風に考えて居ます
 
今回はそんなゴミだと断言できる職場の和というのを無視して好き勝手にやるべきなのか?ということについて記事を書いていこうかと!
 
 



職場の和とは理不尽を受け入れろというだけ

私自身が職場の和という言葉で弾圧される時というのは、大体が労基法違反であったり極端な不公平があった時に異を唱える時が多かったです。というか全部
 
社畜の考えにあるのは全員が同じように苦しまなければ気がすまなくて、一人でも理不尽な環境から逃れようとすると、全員でそれを阻止しようとする事が多かったです
 
全員が理不尽な目にあってる最中に、一人でも抜け出してしまうと「俺も、僕も、私も」って感じで収集がつかなくなるからこそ初動で抑える必要があるんでしょうね

職場の和という言葉を聞いていくと
 

「嫌なことがあってもそれを抑えて周囲に荒波を立てないようにする」 
 

という意味しか無いんですよね
 
 
そして荒波を立てられると今まで抑えられてた理不尽っぷりを開放されて暴れられたりするので、職場の和なんて言葉で蓋しているだけなんです
 
経営者から見れば労基法違反でもなんでも不満要素を全て丸投げして我慢させるのが一番楽ですからね

「みんなが」とはいったい誰のこと?

よくこの言葉とセットにして出てくるのが
 
「みんなで」「みんなが」「みんなは」
 
など、よく「みんな」という言葉が出てくるのですが、この言葉を使ってしまうとどんな理不尽でも全部正当化出来てしまうという魔法の言葉なんですよ

例えば、私が残業代を請求したり、一部の人間と組むと仕事を丸投げされる理不尽を言った時に
 
 
「職場の和を保つためにみんな納得して受け入れているんだ!」
 
 
という言葉で怒られた経験があるのですが、その後に周囲の人間に聞いても誰一人として納得していないうという事はザラにあったんですよね 
 
みんなという言葉を使うと、実際には誰なのかわからないし、勝手に存在する架空の誰かの為に理不尽を受け入れないといけないということになるのです
 
 
そもそも他人がどう思おうが、自分自身が嫌だから動くのだから、そこにみんなだろうが他の誰かさんの意見なんて必要ないんですよね
 

終わりに・ただの同調圧力で不利益を強いるだけなので無視すべき

結局の所は、職場の和なんてもっともらしい言葉を使っている事って、全てが同調圧力や協調性という言葉で個人に不利益を強いているだけに過ぎません
 
そして個人に不利益を強いることで、逆に得する奴らほどこのような言葉を使う傾向にあると感じましたね
 
 
そもそも違いを認め合ったり問題点があるのであればそれに向けて改善をしていくことが正しい方向だと思うのですが、そういう事をしないどころか個人に不利益を押し付けている事で不当に利益を奪い取っているだけなので、そういう意味で職場の和とか言われても無視していいと感じるんですよね
 

 
間違いなく「職場の和」なんて言葉を使う会社は、理不尽を人に強いてから受け入れないやつが悪いというレッテルを貼るようなブラック企業なんでさっさと逃げてしまったほうが良いです
  



  

 

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