仕事を辞めたい時に親や周囲が反対しても無視する理由を語る!

辞めたいと感じた時が仕事の辞めどきじゃないでしょうか?
 
 
 
どうも!今まで10回ほど転職を経験してきたAtusiです!
 
 
社畜をやってると結構辛かったりするものなので、社畜をやってる人の大半は仕事を辞めたいと考えたことがある人じゃないでしょうか?
 
しかし仕事を辞めるというのは普通の人にとって重大な決断なのでなかなか決められず、親や身内などに相談すると結構な頻度で反対されるんじゃないかなって思います
 
 
私も過去に仕事をぽこぽこ変えた時、友人はそうでも無かったのですが、親や親と同世代の人間には沢山反対されました
 
けれども私は強引に周りの静止を振り切って仕事を沢山辞めてきましたが、今のところは仕事を続けているよりもストレスがない生活を送っています
 
 
これは私の経験上、親や身内といった人間であっても自分の意見に反対してくる人間は敵であると断言していいですし、直接的な敵対ではなく人生の足手まといという意味でも相手にしなくていい存在であると断言できます
 
 
私はこの経験から周囲から反対されても仕事を辞めたいと感じた時点でもう辞めるべきだと感じたので、今回は仕事をやめたいけど周囲に反対されている人は周囲の反対なんか無視して辞めるべきだということについて記事を書いていこうかと!
 
 
 



親世代は辞めないことで成功体験を得てきたけど現代は全く違う!

私が思うに団塊の世代が仕事を辞めることを反対してくるのは、後述する辞めることがどういうことか分かっていないのと、今までの成功体験があるからなんじゃないかなと分析します
 
 
私の親も、私が仕事を辞める時にはかなり反対してきた人間ですが、その人生を見てみると同じ職場に40年近く居て給料も年功序列に上がっていき、退職金も8桁半ばくらいもらって居ました
 
確かにこれは成功と言っても過言じゃないので、親がこういうお宝に自分自身がありついた経験から継続することを望むという姿勢は分からなくもありません
 
  

しかし現役世代は、継続して働いていたとしても昇給するどころか税金なんかで手取りが減るという現象が起きたり、退職金なんかも段々と廃止する流れになってきているので、嫌なことを耐えてまで継続するというメリットがなくなってきています
 
更にひどい会社になると昇給がないという会社も珍しくなく、完全に転職前提の会社というのも存在しているのです 
 
 
しかも親世代は現役の戦線を退いた身なので、就職の最前線で今起こっていることについてとてつもなく疎いです
 
若者世代では当たり前のブラック企業という言葉も、団塊世代は知らないって人が結構居るんじゃないでしょうか?
 
 
だから時代と戦況がもう変わってきているのに、過去の成功体験にしがみついて身動きが取れなくなているんですよ
 
そしてもう最前線を退いちゃってので、身動きする必要も無いし、最新の情報を仕入れる必要も無いのが反対させる理由を加速させています
 
 
 
ストレートに身も蓋もない言い方をすると
 
「時代遅れ」
 
なんですよ
 

現役世代を引いた世代に今の惨状が分かるわけがないので昔の役立たずの情報とのギャップが生まれて辞めることを阻止してきます
 
 
 

周囲の人間は辞めたことが無いので辞めることがどういうことか分かっていない

それにこの様に最後まで同じ企業で勤めた人間には、仕事を辞めるという事がどういうことか分かっていない可能性が十分高いです
 
人によっては「無職になった瞬間に即死する!」なんて被害妄想がある人もゼロでは無いはず
  

だから無職になることが犯罪者になることや、凶悪犯に殺されるモノと同等に見てるくらい得体の知れない何かなので警戒をしているんじゃないかなと
  
 
 
もしこれが、転職や無職を経験したことある人ならほぼ確実に貴方が「辞めたい」と相談すれば確実に背中を押してくれるはずです
 
そういう人は仕事をやめた所で大したことが無いし、命を落とす事も無いことを知っていますからね
 
 
やはりそういう経験がない人間にとっては仕事を辞めるというのは未知の領域であり、何が起こるかわからないと考えている人が多いです
 
実際のところ辞めたところで特に何が変わるということはありませんでしたし、むしろ仕事のせいでストレス貯めていたりしていたものがなくなって体調がよくなったまであります
 
 

そういう理由で私に仕事を辞めたいと相談した場合は、背中を押すどころか、背中に全力疾走で助走をつけてドロップキックかます勢いで辞めることを推奨します
 
私は無職になって成功した人間だと思っているので、辞めたくなるような会社の社畜よりも無職の方が素晴らしいって思っていますからね!
 
 
もしやめたい時に背中を押してほしいのなら、行動を行って成功した人に話をしてみる方が絶対にいいですし、経験のない人間は大体反対してくる上に的外れな意見を言ってくることが多いのです

 

他人には耐えられても、貴方には耐えられないモノだったりする

他人から見れば「そんな大したことでも無いのに?」って思うかも知れませんが、自分にとって耐えられないことと言うのは確実に存在しています
 
 
簡単に出てくるものと言えば食べ物でも人によって好き嫌いがあったりして、駄目なものはどんなに良いものでも駄目ということがあると思います
 
私の場合ですと調味料の「酢」が無茶苦茶苦手で、私から言わせればアレは生物兵器の一種
 
みんなが美味しい美味しいと食べるお寿司なんて私には拷問に近い行為ですし、マヨネーズなんかも食べられる神経が理解できないですね・・・
 
最近はこれでもマシになりましたが、昔は一滴でも入ってると体が拒絶して吐き気がしました・・・
 
 
 
多分、他の人もこの様に周りが平気でも自分には無理なものがあるので、アドバイスする人には平気でも自分では耐えれないという可能性があるのです
 
 
仕事の内容でも営業みたいな外回りが出来ても工場で単純作業をやるのがとてつもなく苦痛だったり、またはその逆だったり・・・
 
親から見れば「なんだそんなことか」って思われてしまうので大したことでもないのにやめる根性なしとみられてしまって反対されるケースは非常に多いです
 
 
だから仕事に耐えられない・やめたいという気持ちは他人に相談して相対的なモノでは無く、自分の中の絶対基準で決めるべきなんですよね
 

  

周囲の人間は当事者じゃないので惨状が分からない

それと辞めたい原因になっている事は当事者じゃないと分かりません
 

間違いなく惨状を伝えたところで10%も伝わればいいほうじゃないでしょうか?
 
だからそういう話を聞いても「そんな大げさなー」という感じで軽く流されてしまうのです
 
先ほど書いた自分と他人で耐えられることの違いという点から見ても、この要素を助長させているように感じます
 

その職場の当事者であれば惨状がわかったりするのですが、話を聞くだけでは実感がないので判断できないということになっているのです
 
ニュースとかで悲惨なことを見ても「大変そうだなー」とは思っても軽く流すのと一緒で、実体験がないと軽く見えてしまうものなのです
 

反対した人間は続けることで失敗しても責任取ってくれないよ?

他人というのは私を含めて無責任な生物です
  

仮に仕事を辞めることを反対し、そこで継続することで精神病にかかったり五体不満足になったりしても、反対した人間は絶対に責任をとりません
 
ギリギリ親だったら、一生生きていける位の財産を残してくれる「かも」しれませんが、そんなもんよりも健康体のほうが絶対にいいです
 

そもそも親でも人生に責任を取るなんてことは出来ませんし、そうであれば他人の意見よりも自分の意志のほうを優先するべきなんですよね
 
 
これはもう確実に言えることなんですが、周囲に反対されて継続して何かしらの障害が起きても
 

「そんなもん知るか!自己責任だ!」
 
 
って言って一蹴してきます
 
 

それだったら同じ自己責任なら、自分で選択を行ったほうがどういう結果になっても他人任せにするよりは納得できますからね! 
  

辞めたいと感じた時点でメリットよりもデメリットが勝ってる

もし仕事を辞めたいと感じた時点で、今までの経験などを無意識の内にまとめて、得られるものよりもデメリットのほうが自分の中では上回っているという計算が終わっているという証拠なんです
 
それが仕事内容や環境と比べてもらえる給料だったり人間関係だったり・・・というメリットとデメリットを比較して続ける価値がないと判断できている証拠なんです
 
 
よって自分の中で完全に答えが出ているのにも関わらず、周囲に相談して止められたことで
 
「あれ?もしかして間違っているのは自分?」
 
と、せっかく正しい判断ができていたのに、その判断を迷わせるだけのノイズにしかならないのです
 
 
自分と環境を比較し、その中で一番判断材料と基準を持っている人間が下した判断のほうがより正確なはずなのに、どうして大して情報も知らない上に判断基準を持たない人間の意見に流されてしまうのかという話なんですよね 
 
 
 
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周囲が反対するのは「身内に無職がいるのは恥」と考えるから

それでも周囲が反対するという状況は当事者のことを思っての行動ではなく、反対する側の人間自身のためであることが多いです
 
周囲が反対するのは身内や知り合いに無職がいることを恥だと思う人が多く、そういう汚点として取り扱うため、世間体を重視するために犠牲を強いているといっても過言じゃないのです
 
 
最近では無職の人が無差別事件とか起こすことが多いので、無職は犯罪者予備軍とか思っている人が多いですからね

なので決して自分のためではなく、周囲の人間自身のために悩んでいる自分に犠牲を強いるという風に別れば周囲の反対意見なんて聞く必要はありません
 
その反対意見を受け入れて失敗しても自己責任だとか言ってきますし、自己責任であれば自分で納得できる行動をとるべきなんです
 
 
そして少なくとも辞めたいと感じる職場で仕事を続けるという選択肢は間違った行動をし続けるという意味でもありますからね
  

それでも対策をするなら先に職場を決めて事後報告にしてしまう

上記の理由から親や周囲が反対しても強引に押し切るべきだと思うのですが、それができないということは根っこがかなりまじめで周囲の期待に応えようとする人間であると言えます
 
であれば真っ向からやりあうのはかなり消耗するだけで得策とは言えず、下手すれば内外から消耗させられて再起不能になってしまう可能性が高いです
 
 
それを避ける対策としては先に就職先などを決めてしまって、あとから事後報告で終わった事という形にするのが一番いいかなと感じます
 
 
終わってしまったことはいくら反対しても後の祭りでどうにもできませんし、だいたい周囲が反対するのは無職が身内にいるという理由なので先に職を見つけて困らない状況にしておくのも一つの手です
 
そのように結果を出してあきらめさせるというのは黙らせるのに有効な策であると断言できます
 
 
親などの周囲の反対で自分の意見と平行線になってしまい、その間も徐々に消耗しきって動けなくなるよりずっといい選択であると言えますね
 

終わりに・やめたいと思ったときは周囲の反対を押し切ってでも行動するべき!

仕事を辞めることを極端に恐れる人が世の中大半ですが、仕事は辞めたからといって即死するわけではありません
 
むしろ仕事という枠にはめられているから頭の回転も鈍くなるんじゃないかなって仕事を辞めた私が思いますね
 
 
だからこそ仕事を辞めることを極端に恐れなくて良いし、所詮は生きるための銭を稼ぐための行動です
 
辞めたとしても失業保険とかで目先は大丈夫ですし、人生でちょっとくらい休憩する時があっても良いんじゃないでしょうか?

そもそも辞めたいという本人の意思や意見があるのであればそれを受け入れてサポートするのが正しい支援方法なのに、自分たちの世間体のために辞めるのを反対する奴らは親でも人生の足手まといにしかならないゴミだと思うべきです

親であれば毒親ってやつですし、友人とかであればフレミー(フレンド+エネミー)というのがしっくりきますね

 
自分の人生の責任をとれるのは自分だけですし、自分が一番判断材料の仕事場を見て辞めたいと思ったわけですので、誰よりもその判断は自分視点で見れば正しいのです
 
情報もなく判断力もなく、自分の人生の邪魔しかしない連中の言葉に耳を貸す必要はありませんし、それでも不安なら先に転職先を見つけてしまえば文句を言われる前に行動できると言えます



 
 

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